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リハビリ その7

皆さ~ン、こんにちは!

右麻痺ノエルでございます。元気にしてましたか? こちら基本元気なんですが時々曇りみたいな・・・。例えば、今月初め久しぶりにチェンライ市に有る大型ショップモールに行きました。ショップモールと言えば勿論お買い物なんですが、一番の目的は”タイ滞在ビザの定期確認”でした。私の場合、現地の女性と結婚しているので、そういった人向けのビザ ”Oビザ” は、3ヶ月ごとの “確認記録” を移民局で作ってもらう必要があります。それで一番近い移民局がこのショップモールに入ってるので、パスポート持って行って確認証明のハンコをついてもらわないとなりません。これを忘れると罰金です。で、移民局の件は滞りなく終わり、もう昼前なのでランチタぁ~イム、と言うことで、モール内の“FUJI Restaurant” に行きました。

ド~ンとオーダー!サーモンハラス焼き、ざるそば、寿司定食です。あ、嫁さんと2人ですよ。それ以外に義母お土産に、“鯖照り焼き”をテイクアウトで注文。締めて814バーツなり!ってタイ行ったことない人は分かんないですよね。だいたい4,000円ちょっと超えです。昨今の異常な円安バーツ高の状況ではリーズナブルと言えます。ここ富士レストランはタイの老舗日本食レストランチェーンで、私が初めてタイを訪れた時には既に存在してました。34歳だったと記憶してます。30年前ですね。この後カフェで食後のコーヒーを頂いて続けてショッピング。住んでいる町にはショップモールは無いので田舎から出てきてつい高額な物を、、、8,000バーツ(約40,000円)程・・・。生活費と別にこの金額は痛い!でもまぁ、私の、“命の水”が高いのと寝具も購入したので仕方ない。と、諦めてたら先週のクレカ支払いの通知でこの日以外に購入した物も有ったのをすっかり忘れていました。その中には、このブログサイトを始めるときに購入した “wordpress” の支払いも有ったりして。まだ全然使い方を理解してないのに「もう支払い?」って思ったりして、そういう事で年金暮らしの身には分不相応な金額。それでちょっと落ち込んで ”時々曇り” です。早く使いこなせる様になりたい。

リハビリに行きます。

入院4日目以降、日に日に回復していくのが自覚出来てやりがいとやる気が強くなり、療法士さんに指導されていない時間にも自分だけで出来るリハビリがないか、とか聞いて麻痺側下肢や腹筋運動などを盛んに行っていました。前回、“リハビリその6” で書きましたが、介助なしでベッドの縁に座ったり、看護師さん、介護士さん、療法士さん監視で車椅子に乗り移れる様になり、寝たきりで無くなったことが私には大きかった。この頃考えていたことは、

①自分は仕事に復帰できるのだろうか?

②それはいつ頃なのか

③自分の口で食べられるようになりたい

④介助なしでトイレに行けるようになりたい

⑤介助なしで入浴出来る様になりたい

⑥自分の足で歩けるようになりたい

こんな事でした。このブログを読んでくれてる人で、私と同じように体の一部または全身に障害や麻痺が後遺障として残った方も、程度の差は有れど同様の気持ちを持ったのでは、と思います。医師と療法士さんに質問しましたが、この病院では”何とも言えない”という結果。入院一週間ちょっと経ってリハビリ病院へ転院方針となったので、後は次の病院での結果次第、自分の頑張り次第と受け止めました。医師、看護師、療法士さん皆口をそろえて言うのは、「諦めずに焦ることなくリハビリを続けることで目標に近づくことが出来るでしょう」です。療法士さんとのリハビリは前回までに書いた内容に加えて、

STさん:本の音読、漢字問題、算数問題

OTさん:筆記練習、麻痺側腕手指を動かす訓練、他車椅子やベンチからの“立座り”・・・座った状態から介助なしで繰り返します。

PTさん:麻痺側足上げ、腹筋、*健側手で手すりやカウンターに掴まって廊下に5分位立たされる

*健側手・・・健常側、障害の無い方の手の事

PTさんから廊下に立たされたのは、宿題を忘れたからとかセクハラ行為などが理由ではなく、立っている事を練習するのです。この様な調子で転院まで続きました。

あと、入院初期の生活面で印象に残っていることを少々。入院4日目だったと記憶してるが、前回書いたtintinにぶっ刺さってる尿道カテーテルって言うんですか、これを引っこ抜かれた時は、痛みで看護師さんに見られている(摘ままれている?)恥ずかしさも忘れるほどでした。でもお陰でナースコールで車椅子を押してもらってトイレに行けるように。で、最初の数回は障害者仕様のトイレで便座に座るとこまで看護師さんに解除してもらうんだけど、便座に座る前にパジャマというか病院着と下着(下半身)を膝の上くらい迄下げてもらわないといけないわけ、ズボッと。「パンツ下ろしますけど手すりをしっかり握っててくださーい。はぁい、おろしましたのでゆっくり座って」あぁ、恥ずかしかった、と思う間もなく、

看護師さん:一人で出来そうですか?

私:はい、多分

看護師さん:そのまましてみてください

私:あ、はぃ・・・

看護師さん:あ、出てますね。外で待ってますので終わったら座ったままで。手すりをはなさないように。

ドアは少し開けられており、終わったころに看護師さんが顔だけ入れて「終わりましたか?」と聞いてきました。

私:はい、終わりました。

看護師さん:まだ立たないで(看護師さん入室)。立てますか?(私立つ)はい、そのまま掴まっててください(看護師さん下着とパジャマ下を上げる)。じゃ右麻痺さん、もう一回座って。

私:え?はい。

看護師さん:はい、それじゃゆっくりと手すり離してェーゆぅっくり、大丈夫ですよー、そのまま左手で壁のその呼び出しボタンを押せますか?・・・はぁい、上手く押せましたね!一度手摺を持ってください。じゃ、今度はその一個手前のボタンを押せますか?・・“ジャー!” 水も流せますね。

と言うことで、何とか用を足せるとこまで。まぁ要介助ですが。この後便座に座ってから呼び出しボタンを押すまでのトイレ時間は何だか”ほっとす”るような感覚だったように思います。でも、慣れるまでは恥ずかしすぎるのと看護師さんに申し訳がたたない思い出いっぱいでした。トイレのたびに見たくもない粗品を目前にして、いやな顔一つせず笑顔で介助して頂けるなんて。これぞ”天使”です! それと風呂じゃなくてシャワーは確か3回。入浴用ストレッチャーみたいなのに乗せ換えられて寝たまま素っ裸。そのまま浴場で介護士さん達からゴシゴシと頭の先から足先まで。これまた恥ずかしい。これ以上は書くの止めときます。ただ、入院して最初にシャワーしてもらったときは本当に気持ちよくサッパリしました。確か入院4日目か5日目だったと思います。

めっちゃ長くなってしまった。前回予告した転院まで行かなかった。こうして書いていると次々に思い出せるのでついつい。それが楽しいのです。これは後遺障害の一つである記憶障害にも関係するので、また追々。

こんかいは、本当に長々とごめんなさい。それでは、次回。

右麻痺ノエル

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