皆さん、こんにちは!
お元気ですか?こちらPM2.5がやっと収まって来て、心なしか目の痛みというかシバシバするのが軽くなったような、なって無い様な。でも、煙(PM2.5)のせいで夜寝る前に贅沢にもエアコンをつけないと暑くて寝苦しい。先週から毎晩です。朝目覚めたら燻製になっていたらイヤなので、窓閉め切ってたら暑くて眠れないのです。去年の今頃は午後9時には気温が下がり、窓全開で扇風機つけとけば寝られたんですよ。ちなみにこの時期、私の居るチェンライ、パーン郡の気温は、最高37℃ 最低20℃くらい。
前回の予告通り、今回はタイ旧正月ソンクランフェスティバルなのでリハはお休みです。
と言う事で、ソンクランとは無関係ですが、皆さん趣味はお持ちですか? 読書、映画鑑賞、ジョギング、ゲートボール、ゴルフ等々。私はガキの頃から自転車と音楽鑑賞が好きで学校の勉強が大嫌いでした。でも読書は好きでした。
音楽鑑賞は、父の影響で幼い頃からレコードが好きで良く聞いてました。今の若い人たちは、レコード盤を知らない人も多いですよね。記憶に有る一番最初に聞いたレコードは、皆川おさむ の “黒猫のタンゴ” だったと思う。世界中で大ヒットしたヨーロッパの歌だとしか知らないけど、新し物の好きだった父が、当時珍しかったレコードプレイヤーで私と弟に聞かせるために買ってきたのです。「これ歌ってる子はオマエと同い年やぞ」とEP(シングルレコード)盤をかけてくれました。私が小学校1年の時のことでした。皆川おさむ さん は、残念なことに昨年亡くなられましたが、今でも Youtube でこの曲聴けます。子供特有の透き通った素晴らしい歌声です。
そしてレコードと同様に好きだったのが、自転車。と言うよりも自転車の方が好きでした。外で自転車乗り回してる方がらしいと言うか、その辺のやんちゃ坊主でしたから。今となっては自転車は乗れないのですが(右手でハンドルが握れず、右足をペダルに置いとけず、前後左右のバランスも取れない)、考えてみると前々回で配信した “COGY” とはペダル繋がりですね。当時、小学校の入学祝は自転車という家が多かったのですが、私は強烈に我儘を通して、幼稚園の年長に上がった時には既に買ってもらってました。以下、再現動画のつもりでお読み下さい。 買ってもらえる迄、毎日四六時中寝ても覚めても(以下 は対訳です)
私:おかーちゃん、自転車こうて →「お母さま、自転車を買ってほしいのです」
母:なに言うてんの。あんな高いもんおかーちゃんよう買わんわ。→ 「何を言ってるの?あの様な高価なもの、母には買えません」
私:えー!そんな事言わんとこーてぇなぁ。ケンちゃんもこーてもろてるやんかー!なぁーって! 「その様な事を言わずに買ってください。ご近所のケンさんも買ってもらっています。なので是非とも!」
母:もうやかましいなぁ!そんな言うんやったらお父ちゃんに言いなさい!→「うるさいですよ!そんなに言うのなら父上に頼みなさい」
私:なぁー、おとうちゃんおとうちゃん、自転車こうて!→「お父様お父様、自転車を買ってください」
父:小学校入ったらこうたる。→「小学校に入学したら買ってやる」
私:いやや、そんな長いこと待たれへん!もっとはよこうて!→「いやです。私にはそんなに長い間待つ事は出来ません。もっと早く買って下さい」
父:小学校まで待てっちゅうとんねや!→「小学校入学まで待ちなさいと言っている」
私:何で小学校まで待たなあかんねん!今すぐこうてって言うてんねん、 なぁーええやろ! 一生のお願いやから。何でも言う事聞くさかいにこうて。→「何故、小学校入学まで待つ必要が有るのですか?いいじゃないですか、今直ぐ必要だと言ってるんです。一生涯をかけたお願いなのです。その代わりにどんな事でも言う事をききますから」
父:オマエ、やかましいど! ええかげんにせー! 私:そんなん言わんと・・・・・
長々と失礼しました。えっと、母は京都、父は大阪生まれだったので、中学2年で福岡に引っ越した後も、家でのしゃべりはこんな感じでした。母が言うには、私が有無を言わさず駄々をこねたのは、この2年ほど前の “足漕ぎミニカーを買え” と、自転車の時だけだったと。この2回は、何度言い聞かせても聞く耳持たず。まさに “手が付けられない” 状態で「買ってやる」と折れる迄2週間程ずーっと続いたらしい。逆にこの2回以外では、総じて聞き分けが良かったそうです。
念願の愛車(自転車)が納車された日は、即、近所の友達に声をかけて暗くなるまで一緒に乗り回していた記憶があります。一ヶ月程で補助輪無しで乗れる様になると、もうどこにでも行ける気になり、正に “水を得た魚” と言うより “糸の切れた凧” と、化しました。
ある日、ケンちゃんと一緒に愛車でちょっくら遠出。15分程走ると開通前の道路(多分バイパス道路)が有り、舗装が綺麗で立体交差も有る、心躍る道が有りました。でもケンちゃんは、
ケンちゃん:ここはおかーちゃんから来たらあかん、言われてんねん。
私:え、なんであかんの?
ケンちゃん:危ないから言うてたで。そやからノエちゃんも一緒に帰ろ。
私:(やっぱりな、そう言う思とったわ←心の声) ほんでもここまだ自動車も走ってへんし、広いからあぶなないで。一緒に走ろうや。
愚かな私はせっかくケンちゃんが止めてくれたのに、言う事を聞かず「ボク、おかーちゃんに怒られるさかい帰るでー」と言うケンちゃんと袂を分かち、一人で大海原へとペダルを漕ぎ出したのです、地獄という名の・・・。 次回へ続く
という風に、自転車には危険が付き物、と言っても良いくらいだと思います。タイヤパンクや故障の類は少なくなったけど、最近は “事故” が増加。テレビ、ネットでも頻繁に報じられています。そこで、
いざという時の保険 は如何でしょうか?

何かの時の保険といいます。何か有った時に「あの時入っておけば」では手遅れです。私が病で倒れた時も保険で助けられましたよ。
それと、よく「困ったときの神頼み」と言いますが、日本の神様には
「望みを叶えて下さい」とお祈りをするものではない。困難、事故などを乗り越えられた時、或いは幸運など良い事が有った時に、「有難う御座いました」と神様に”感謝” をするものである。
だそうです。皆さん知ってました? 私は全く知りませんでした。だってお願いするからお賽銭投げるんでしょ?違う?へん? そしたら、その考え方は意地汚いんだそうです。金で解決とかそう言うのは “美しくない” と思いませんか。頑張りますんで見守ってて下さい ならいいそうです。なので、お宮参りで賽銭入れてお祈りするのは、○○が手に入りますように とか △△に就職出来ます様に 等、自分の願いが叶う様、神様に祈るのは少し違うという事です。だから私はこう考えてます。
「事故に遭いましたが、保険で備えていました。おかげ様で何とか解決する事が出来ました。本当にありがとうございました。」とか「惚れた人とデートをする事が出来ました。ありがとうございました。次も頑張ります。」の様に感謝するのです。
・・・・ノエル、おまえ 心の底から本心 で言ってるのか? と沢山の声がする様な。はい、そうですね。「神様、それはさすがに厳しいです。ちょっとだけ望みを聞いて欲しいです」くらいが本心に近いかも。例えば、上で私はデートできました。次も頑張るので “見守っていて下さい” くらいなら神様も応援してくれないかな、なんて思ったりしてます。
でもですよ、ここでですよ、まず最初に “今自分がここに有る(存在している)” ことを感謝するところから始めると、”お願い” では無く、”感謝” からスタート出来るって事に気づいちゃったんですよ。エヘヘ。え?そんなのみんな知ってるって⁈ いつまでも、どこまでも愚かなノエルなのです。
昨日の午後、現在の妻の娘が “ラヨーン” から空路里帰りしてきたので、空港まで車で迎えにいきました。ラヨーンは、バンコクから東南東に150km程のところにある海沿いの県です。多くの日系企業(特に自動車関連)が進出している地区です。バンコクの空港までバス。バンコクからフライトでチェンライの空港。そこから車で1時間(約50km)と長旅です。お疲れ様。
※これまでの配信内容は、人名以外はノンフィクションです。
それでは、いつもの様にコーヒーで一服。
[本ページにはプロモーションが含まれています]
[おすすめの商品]
明日から、いよいよ タイ旧正月ソンクラン が始まります。命の水を飲みすぎなければお祭りの様子、配信しますね。
右麻痺ノエルでした。

コメント