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転院後リハビリ その15

ヤッホー!皆さま元気にされてましたか?

わたくしノエルは夏バテを克服して元気に過ごしています。と言っても私の住んでいるタイのチェンライ地区には、“乾期(夏)” “雨季”“夏と秋の中間”三期が有り、11月~3月(夏と秋の中間)、3月~7月(夏)、7月~11月(雨季)と言う具合。だから雨季以外は最高気温30度以上と言う事で、いつでも夏バテOK!

ついでにこちらの気候の事を少し。タイは南北に長い(多分1,600kmくらい?いやもっとか)ので地域によって結構な差が有ります。チェンマイは、チェンライと同じく上記のような感じ。そしてずーっと700km南下して日本人お馴染みのバンコクだと “夏と秋の中間” が有るには有るけどそんなに明確ではない。そしてさらに1,000km以上南下して、南の都会 “ハチャイ” まで行くと、10月~2月(雨季)、2月~10月(乾季)“ニ期” と言う感じですね。

ハチャイ(Hat Yai)市 といえば、50kmほど車で走るともうマレーシアとの国境という地理なので、気候はマレーシア、シンガポールに近いです。ちなみにタイは国民の多くが敬虔な仏教徒ですが、マレーシアとの国境近くではイスラム教徒の比率の方が高いんです

さあ、リハビリです。

前回に続けてPTリハ、特に歩行訓練を。背後からSさんに抱きかかえてもらっての歩行は思うように上達しません。一週間続けても5~6歩進むのがやっとの状態です。でも左手で掴まる手摺が有れば、誰かに支えられ無くても20歩でも30歩でも進めるのです。しかし、これは今思えば “歩行” とは程遠い体の使い方でした。

平行棒や廊下の手摺に左手でしっかり掴まり左脚を1歩前” に出します。この “左脚を1歩前” に出す時、当然左足は空中移動しています。と言う事で左脚が浮いている間、一瞬ですが麻痺側右足で体重は支えられているわけです。でもその間左手で平行棒、手摺などに掴まって体の前後左右のバランスを崩さぬよう支えているのです。つまり右脚は “つっかえ棒” としてのみ機能しています。左手は舵の役割もしていて何かに掴まっていなければ前方に進む事は出来ないわけです。以下、続けます。

左脚が1歩前に着地すると、後方に取り残された麻痺側の右脚を引きずって左脚のところまで引き寄せる、ここまでがこの時代の私の一連の歩行動作です。私は超真面目に日々のリハビリトレーニングをこなしていました。なので体力筋力が予定より早く鍛えられていて、これを永遠?繰り返す事が出来たのです。

そういう事で改善されない状況が続く中、上記の事を考え合わせると、私は、“背後から体を支えられたりすると体が動かなくなる” というか、背後からだけでなく どこからでも体のどこかをしっかりと支えられると右半身が緊張して動かし辛くなる、でも誰にも体に触れられずとも左手で何かに掴まれれば引きずりびっこで進む事は出来る、と言う結論に達したので御座います。

PT Sさん:触れられるとダメんごたぁですね。

私:そうみたい。

PT Sさん:麻痺側は、触られたり押されたりは分かるとですよね。そんときどげな感覚?

私:例えば、肩の辺りば触ってみて。(Sさん触る)肩のどこいら辺か分からんけど今触られて、じーんと痺れて・・肩から腕と背中の方に痺れが広がって、脇腹、腰、脚とそれから首にも広がって・・あ、今離したでしょ? あ、今多分腰の辺りをまた・・・

PT Sさん:分かりました。チョット目瞑って下さい。

と、Sさんが右腕を少し強く掴んだらしい、途端に右半身が強烈に痺れて来て凄い不快感に襲われました。その感覚は、肘の内側を強く打った時や正座を30分間続けた後足の痺れが切れた時のあの感覚に似ており、自分でどうにかしたりコントロール出来る部類のものでは有りません。同時に体が強い緊張に襲われました。

麻痺すると “左右のバランスを取る事が困難になる” と言われるけど、私の場合は、Sさんに体をしっかり持って支えてもらうと、以下の様な反応が起きているのです・・・

[後ろから支えられて強い刺激が入った]→[でも、どの様な刺激がどこに入ったかを正確に脳に知らせることが出来てない]→[だから脳はそれに対してどう身体を動かせと指令すれば良いか分からない]→[右半身から不快感を伴う激しい痺れが強まるが歩行訓練なので大丈夫と言い聞かせて左脚を1歩前に]→[だけど同時に目から視覚情報として体が傾いて来ているという情報が入っている]→[でも私の脳のこれに対応するための部署は既に死んでいる]→[これはヤバイ!このままだと倒れる!]→[よし、こうなったら、緊急事態宣言発令だ!取り敢えず体をぎゅぅっ!と固くして転倒に備えろ!

以上が私の脳と体で起こった結果の歩行障害の姿らしい、とSさんの見立でした。じゃ、如何いたしましょう? 

勿論、感覚は少しずつでも戻ってくる(多分凄ーくゆっくりと)。でも待ってられないのでそこを何とかならんの?とまた無理な要望。だって半年間でどうにかしないと、退院後は無保険の自費治療の扱いでリハするしか無い=高額リハ=お金ない=撃沈、の下り坂を転げ落ちるしかなくなるんだもの。

バランス感覚は、今後のリハビリや時間経過により改善するかもしれないし、そうじゃないかも知れない。脳のダメージを受けた部位が復活する事は無いので、繰り返しトレーニングを継続して脳の違う部署に学習させるしかない!、とSさんに言われました。

この後、一週間ほど歩行練習を続けていると、明らかに麻痺側脚での体重の支え方が向上していくのが分かるようになりました。ただ、何度もSさんから「右足に体重が乗るのがわかりませんか?」と聞かれましたがその感覚は有りませんでした。

二週間ほどして 笑わない主治医S先生の定期問診でお話しがありました。

・休むことなくとても熱心にリハビリに取り組んでいると療法士から聞いている。

・PT Sさん、OT Aさんから、想像していたより回復が早いと聞いた。但し、それはあなたのハードな訓練からくるものである。

・あなたの麻痺側の感覚は約3週間前の転院時と比較して若干の改善が見られる。

と言われました。ん?若干の改善とは? どういうことなのかと聞くと、

・言葉通り “若干の改善” 。感覚テストの結果だけ言うと “殆ど変化していない(改善していない)”

・感覚テストの点数は低いけど、歩行をはじめ大きな動きは順調に改善している。これはあなたの日々の努力の結果。大したもんだ。まったく良くやるね。今後もこの調子で続ける様に。以上。

私の脳は、肉体の回復と同じようには改善してくれていない、と理解しました。なんとなく分かってはいたんです。転院してすぐの感覚テストで、目を閉じてシャープペンシルの先の様な物で右半身各部を刺激されると、“すごく鈍い痛みを突かれて2秒ほど経ってから感じる”“右腕手脚” がどうゆう状態なのか(曲がっているのか伸びた状態か、前方に有るのか後ろに有るのか)分からない。これは結構残念無念な気持ちだった。今の様な状態がずっと続くのかな。

でも、とにかく2本の自分の脚で介助なしで歩く。脳卒中で倒れた後、ノエルはそう決めたんです

必ずや、何にも掴まらず、誰の介助も受けずに歩けるようになってやる!

益々、気合が入りますよね。何故って? 決まってるじゃないですか。 退院したら中州のお姉さまがお店で待ってますから。やっぱ歩けないとねェ。   つづく

・用語の説明

PT: Physical Therapy の略。理学療法の呼称。

OT: Occupational Therapy の略。作業療法の呼称。

ST: Speech-Language-Hearing Therapy の略。言語聴覚療法の呼称。

 リハビリクリニックや病院で “療法士さん” と言えば上記 PT, OT, ST を指します。その場合、Therapy が Therapist に変わります。

右(左)片麻痺:右(左)半身麻痺の事。

麻痺側、非麻痺側:文字通り体の “マヒしている側” と、”そうでない(健常)側” の事。後に脚とか手とかくっつけて使う場合も。

右麻痺ノエル

※これまでの配信内容は、人名以外はノンフィクションです。

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