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転院後リハビリ その13

皆さん こんにちは!

タイのチェンライ県、Phan郡 から不定期配信しております、右麻痺ノエル と申します。その名の通り、脳卒中片麻痺の後遺障害が右半身麻痺として残っていますが、海外移住した63歳の男です。今回も空元気で走り抜けますんで、最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

前回の配信で、私の愛車 “WHILL model F” 持参で、チェンマイやらバンコクに行ったお話をしましたが、私の場合はあくまで 足漕ぎ車椅子 “COGY” が普段の足であると同時に体力、筋力の維持には “COGY” が欠かせない、正に人生の相棒 とも言える存在です。

ある程度の条件(道路の凹凸の少なさ、歩道の段差、道幅、etc…)が必要では有りますが、人の手を借りず自身の力(ペダル漕ぎ)で移動できる、鉄道、バスも利用できる事、つまり移動の自由は、私にとって、生き甲斐 とさえ思えるのです。

勿論、出歩くのを好まないと言う人や、単独では車椅子での移動も不可と言う人もいらっしゃいます。ただ前回投稿で少し触れましたが、ハンディキャップの度合いが私と比べ物にならない患者さんが同部屋だった事もあり、それを考えると、“甘えたことは言ってられない” “運よく今の状況を手に入れる事が出来た” と思っています。

リハビリです。

OT Aさんによるリハビリの内容と退院時にどんな状態だったかを大雑把に書きます。

転院して一週間しないうちに筆記訓練が始まりました。私は麻痺側上肢の障害度合いが重く、利き手である右手での筆記訓練を早々に断念せざるを得ませんでした。右腕手は動くのです。でも残念ながら入院中のリハビリで、目的を持った動き、一般生活に必要とされる実用的な動作は出来る様になりませんでした。もう少し分かり易く言うと、

・麻痺側腕手に力を入れられる。

・麻痺側手首を少しだけ動かすことが出来る。

・麻痺側肘を曲げる事が出来る(最大90°)。まっすぐではないが伸ばす事が出来る。

・麻痺側腕をおへそと乳首の中間の高さまで上げる事が出来る。

上記の動作は “よし、上げるぞ!、曲げるぞ、伸ばすぞ” と意識して1秒ほどしてゆっくりと動き出します。動作後や途中で腕を静止させることは出来ません。例)テーブル上のマグカップを健側手で麻痺側人差し指と中指に持たせて持ち上げられますが、手首の角度調整が出来ず掌側に90°傾くと同時に腕全体が大きく左右に揺れるのでカップに入っている液体をまき散らしてしまい、口までもってゆくことは出来ません。このブログを読んで頂いている方の中にも「私も同じ!」と言う人、大勢いらっしゃるのではないでしょうか。私、今でもほぼこの状態です。

日々、Aさんが付いてくれての懸命のリハビリの後、病室で、休憩室で Aさんから勧められた自主トレを一日も休まず続けました。特に転院後3ヶ月間は毎日2時間以上。

・お箸、スプーン、フォーク、ペン、を麻痺側(右手)で使う。

・右手でナイフ、包丁、ドス、鉈の類を振り回して食材、その他を華麗に切断する。

・コーヒー(ティー)カップ、ペットボトル、湯飲みを右手で持って飲む。

・歯磨きを右手でする。

結果、全てNG。2週間経たずして健側手(左)でのトレーニングを並行して行うように。退院後の生活の質を少しでも良くするためにそうするしかなかった。 病院では、“利き手変更” と呼んでいたと記憶してます。OT Aさんから“麻痺側のリハにこだわるのも一つだけど改善はするがものすご~くゆっくりと予測されるから、健側手のトレーニングにも時間を割く” 事を勧められ同意しました。

なんか、“これって左利きになればいいんでしょ?” くらいに思われる方が多いと思います。私自身がそうでしたから。でも私の場合、そんなに簡単ではなかったんです。

左手にも後遺症(麻痺)?

私は “左被殻出血” を発症、右半身に後遺障害が残りました。ご存知の方も多いと思いますが、“脳卒中ではダメージを受けた脳のその反対側に麻痺とかの後遺症が残る” とされ、私は “左被殻出血” つまり左側の脳がダメージを受けたので、右半身に後遺障害が残った=右麻痺ノエルが誕生した、わけです。でも、リハビリしていてすぐに気が付きました。“左手での筆記が以前よりヘタクソで書くのに異常に時間がかかる” のです。スプーン、フォーク、そしてお箸の “利き手変更” は違和感少なくスムーズに出来たのに、筆記は思うように進みませんでした。これも今でも相変わらずです。 

これらのことは、あくまで私のケースです。この様な事が発生しない患者さんも大勢いらっしゃる。そして私と似たケースも “あるある” だそうです。担当してくれている 3名の療法士さんにも尋ねたけど、”何故かはよくわからんけど麻痺が重い人にはよくあるケース” という回答でした。

結論:右麻痺ノエル は、右片麻痺 だけど 左腕手 にも後遺障害がある!!

などと、うまくいかない事ばかり言ってきましたが、退院までのAさんリハビリで出来る様になった事もいっぱい有ります。以下、退院時に出来る様になった事、

①介助なしでトイレ:いつでも1人でトイレに行ける様に。恥部を介護士さんや看護師さんの目前に曝さなくとも良くなったのは大きい!これで退院後の単独外出OKの条件クリアーに近づいた。

②介助なしで入浴:最近はホテルなどでも一般的になってきたバリアフリー、手摺付きの浴室ならば、細心の注意を払いつつゆっくり焦らずで。但し、洗浄は不十分(特に左腕腋と背中)。それと湯船に浸かるときは “命がけ” ←大袈裟じゃなく。これで単独で宿泊旅行OKの条件クリアーに近づいた。

③自宅内の短下肢装具なし杖無し歩行:自宅室内の歩行は装具なし、もしくはサポーターで歩行。装具の底は“硬い” のです。私の装具歩行は “ガッツンガッツン” となるので装具騒音クレーム無しだからOKと思っていたら、サポーターでも妻から「まだうるさい!」と言われてしまった。「ドンドン と歩いてる」らしかった。自宅が1階で良かった。

④手摺等につかまらず、立ったままで水を飲む:面会スペース(コロナで面会無しだけど)のウオーターサーバーの水が飲めるようになった。これ、何と言っても “ただ” ですよ 0円。横の自販機で水を買わなくなりました。一日300円以上の節約!これは大きかった。

⑤etc,,,

OTリハビリって、PTリハと比べて地味なんです。でも、発症前の生活を少しでも取り戻したかったら外せない内容ばかり。そう思って頑張るんだけど、リハの成果が出るのに時間がかかるというか、目に見えにくいと言うか、良くなっている、と実感しづらい内容が多い。PT Sさんの言葉「患者さんによっても違うけど、上半身のリハは難しい。肩、腕、手、指、と、脳から遠ざかる程複雑さが増していく」と言ったのが忘れられない。

ほとんどの療法士さんが、“患者さんによるがOTの内容は、入院半年でどうにかなるもんではない” と思っているようです。皆さん口には出さないけど。これは、入院中のみならず、退院後に通った、Mクリニック、Kクリニック、F病院 の療法士さん達が、ほぼ同じことを言っていたので間違いないのだと確信しています。

なので、今入院中の皆さん、退院して通院リハの皆さん、自宅で自主リハ頑張ってる皆さん、皆、諦めずにリハビリ続けましょう。

上肢のリハは時間がかかる。諦めずにコツコツと地道に続けよう。5年目の私がゆっくりだけど改善してます!

手摺、椅子付き、車椅子対応のバストイレ
車椅子対応の部屋
移住前夜際用”命の水”

さて、上の写真は、移住前日、前々日に泊まったビジネスホテル(ベッセルホテル福岡貝塚)の部屋です。車椅子対応の部屋でとても快適でした。前々日の夜は、旧知の友人と居酒屋で送別会でした。フライト前日は調子に乗って命の水を過剰に頂いて翌日飛行機に乗り遅れる事があってはならない、とホテルで “部屋飲み”。住んでいた部屋から持ってきていた相棒たちと、”暫しの別れ” の盃をかわしたのでした。【注※脳卒中に限らず、退院後の飲酒を医師から止められている人は、この様な行為はお止め下さい。また、たとえ飲酒を許可されていても飲まないに越した事は有りません。再発防止の観点からも退院後も断酒を継続して下さいね。

勿論、ホテルへの移動、宿泊、居酒屋さんまでの移動と、全て単独で “WHILL F” 使用。介助はなしです。ノエルの場合は発症後、リハビリ5年かけてこの状態に迄持ってこれています。

後遺障害に悩んでいる人は、麻痺側が少しでも動くなら無理せずリハ続けましょう。患者をサポートしてくれてる御家族と全ての関係者の方々に感謝しています。

それではまたお会いしましょう!

右麻痺ノエル

※これまでの配信内容は、人名以外はノンフィクションです。

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