PR

転院後リハビリ その3

皆様、こんにちはー!

お元気でしたか? 姓は右麻痺、名はノエルと申します。

タイ、チェンライから発信しています。私の居るチェンライの田舎町 “Phan郡” は3月に入って徐々に気温が上昇。今日の午後2時半で34℃。結構暑いです。ただ、風が有るので日陰では過ごしやすい。34℃でも過ごし易い・・・これには以下の様な理由がある、と勝手に思っています。まず “盆地である事(標高420メートル)” と、“乾燥している” 事に加えて、”PM2.5の発生” 。 このブログを始めた頃に “1回目田植え” を記事にしましたがその一ヶ月くらい前から田畑で “野焼き” が始まります。野焼きで発生した煙がPM2.5となって大空を覆い、近くの山も遠くの山も霞んでいてお日さま光線が少しですがソフトに。それで肌を焼くような日差しが少し控えめに。ただ、健康には良くないと言われていて、その為、今の時期は家庭ゴミを含めて日々発生するゴミ類を各戸で燃やすことが禁じられます。大気を煙で汚さない様 “焚火禁止令発令中!”。今日も霞んでます。

それでは転院後リハビリ2日目午後です。

一旦病室に戻り、お昼休み。と言っても、私には昼食は有りません。嚥下障害で口からは食べ物を摂取出来ないのです。なので、流動食バッグ “メイバランス” を鼻から食道に挿入されたチューブで胃に流し込み、不足分は点滴で補う。 人それぞれだとは思いますが、私にとってはこれが一番辛く、もう嫌で嫌で起きている間ずーっと辛いなぁと思ってました。とにかく口に含んで歯で噛んで舌で味わって喉ごしを楽しんで食べたい。私にとって “美味しく食べて楽しく飲むこと” は人生最大の目的と言っても良いくらいなのです。故に嚥下障害の克服は、リハビリのモチベーションをハイレベルに維持する強い動機となっていました。

ところで前回から登場している “メイバランス流動食バッグ” ってなん?と思われている方に、少し説明します。これはみんな知ってる “明治” の製品です。ヨーグルト、牛乳(明治乳業)、チョコやお菓子(明治製菓)とかも同じ明治グループ。メイバランスには口からは食べられない人向けの流動食がラインナップされてて、この頃の私の様な多くの患者さん向けに商品展開されています。また流動食のみならず栄養素が徹底的に考えられた “経口摂取タイプ” の飲料やスポーツドリンクまで幅広く用意されています。ひょっとしたら皆さんの中にも目にしたことある方や、実際に「あ、自分も食べてる飲んでる」という方も結構いらっしゃるのでは。スーパーマーケットでも売られてるアイテムも多いですよ。

午後、最初の予定は、主治医先生の問診。病棟2階、ずらりと並ぶ診察室の一室に午前中付き添ってくれた看護士さんに車椅子を押してもらって入室。

私:こんにちは、よりょすくお願いします ←発音障害出てる

主治医:・・・昨晩は寝られましたか?

私:はい、お陰様で

主治医:MRIで問題有りましたか?最後まで出来なかったと聞いてます。

私:はい、なんかソワソワドキドキして、、、心臓バクバクでボタン押しちゃいました。済みませんでした。も一回やり直しですか?

主治医:いえ、ギリギリOKだった様です。MRIは、問題なしです。何か気になる点は?

私:はい、あのー、何であんな風になったんでしょうか?

主治医:うん、多分 “不安障害” とかそう言う・・・・以下省略。

と、言う具合で、MRIの件は来月またするのでその時も同じ症状が出るか見ましょう、と言うことに。他に私からは、嚥下障害を早く無くしたいのでリハビリきつくしてもらってもOK、みたいな事を言ったら “あまり余計なことを考えずに、セラピストと医師に従ってリハビリ頑張るよう” に言われました。それと病院側は、これから半年いっぱいいっぱいの入院を予定しているとの事。勿論、私が早期退院を望むとか、リハビリが望外に上手くいって入院の必要性がなくなったりすれば早まるけど。焦らずやって下さいと。

えー、主治医のS先生、昨日の挨拶、今日の問診中、一度も笑いません、と言うか感情が現れないのでした。なんかこう平板な平たい喋りなんです。”冷静な性格なんだなー” と思いました。

病室に帰る途中、車椅子押してもらってる看護士さんに「S先生、なんか機嫌が悪かったんやろか」とそれと無く聞いたら「ん?そんな事ないですよ、いつも通り。それよりももう一人のドクターにもMRIでの件は伝えてありますからなんか不安が有れば遠慮なく伝えて下さいね。看護士にでもいいですよー」と明るくニコニコ笑顔で応じてくれます。 病室に戻るとそこには一組の男女が。「おかえりなさ~い」と、女性の優しい声。「担当医のYです」担当医は、女医さんでした。そして「ST(言語聴覚士)のMです。よろしくお願いします」と男性。Y先生が「問診どうでしたか?」と問うので「まあ、普通というか、、」と答えたら、「右麻痺さんが、Sせんせの機嫌が悪いのか心配されたみたいで」と看護士さん。「え、そんな感じでした?ハハ、、でもいつもあんな感じだと思うので心配しないでいいですよ、あハハ、、って笑っちゃだめですね」と女医Yさん。そしたらMさんが「時間なんでそろそろ行かせて下さーい。」と柔らかく笑顔で言いました〇。

車椅子を押してもらって6畳くらいの部屋に入り、転院後一発目リハビリがスタート。

ST Mさん:改めてよろしくお願いします。まずは私から自己紹介を。長崎出身34歳、、、以下省略。

次は私の番で、、いろいろ聞かれました。人生いろいろ有って。正直に答えると結構皆「え!そーなんだ!へェー!」とかなるんすよ、これが。もう、話すと長ーくなるのでここでは省略。なんか省略ばっかですみません。今後折に触れて書きますので後のお楽しみに。 それで、出生場所から始まって、生年月日からこの日までの事を、質問されるがままに答えてたら30分越えてます。「有難うございます。つい興味本位の質問が多くなって長引きました。ちょっとマッサージしますね。」と、ポリ手袋をはめて私の麻痺側口周りを、唇ごとグイグイと円を描くように。5分程で終わり、発声練習。”いういういういうーーー” とこれも5分くらいで終わり、言語聴覚リハビリ終了。お疲れ様でしたーと病室に戻り、10分と休むことなく、PT(理学療法士) Sさん登場。体育館の様な広さのリハビリ室に移動。

PTのSさん:改めまして、Sです。よろしくお願いします。

私:こてぃらこそよろしくお願いします。←発声障害でこんな感じ

Sさん:じゃあ、この施術台に座れます?・・ゆっくりでよかです、、、そう、ゆっくりと。はい、できますね。でもまだ病室でのベッドからの乗り移りは勝手にやらんとって下さいね。ナースコールして下さい。

この病院、福岡市は東区の埋め立て地に転居してきた?新しい大きな病院で、建物や雰囲気は前の埼玉朝霞市の病院とよく似ています。が、昨日転院してきた時からスタッフ、ナースの多くが博多(福岡市)の方言で話します。主治医S先生、担当医Y先生、は共通語っぽいけど。耳に入る言葉の殆どが懐かしい方言で心休まります。ホッとします。  PTのSさん、良く日焼けした体格の良い31歳男性。クリンクリンの天パー。

Sさん:最初にマッサージします。

私:お願いします。。。良か体しとんなぁね、身長180超えとうでしょう? なんか運動しよったですか?

S:はい、183です。高校ん時ラグビーばしよりました。右麻痺さんは、埼玉から転院ですよね。出身は福岡ですか?・・・

と、言う具合でマッサージしてもらいながら、お互いの自己紹介をしていると、何とSさん、中学高校と私の後輩なのでした。

私:中学んときもラグビー?

Sさん:いや、中学校ん時はサッカー部でした。キーパーばしちょりました。

私:そしたら高校でラグビーゆうても特待じゃなかったちゅーことね?そりゃきつかったやろ。

Sさん:はい、けっこう苦労ばしました。でも花園ば目指して必死こきよったけんレギュラーに成れました。

ここで特定が出来ないくらいの範囲で少し書きますと、中学はさておき高校はSさんが話している “花園を目指して” の言葉がありますが、これ冗談や洒落では無く、本気で目指せるレベルのところです。私が在学していた頃は、ラグビーは強くなくてサッカーが県の決勝に行けるかどうかというとこでした。私たちが卒業して5~6年後からでしょうか。サッカーも野球もそしてラグビーも全国優勝を争う常連となったのでした。Sさん在学の前後数年間にも花園行ってたしひょっとすると優勝も有ったかも知れません。そういうとこでレギュラー張るとは “ほんなごつ大したやっちゃ” と本気でビックリ。でも彼の世代では、残念ながら優勝争うとこまではいけなかったそうです。

いつの間にかマッサージからストレッチに移行してます。PTさんのストレッチは下半身主体です。これは前の病院でも一緒。この後筋トレの様な運動をしますが、今回のリハビリの模様はここまでにします。 

美味しいコーヒーで一服。ブルーボトルコーヒー ←よろしければ試してみて下さい。

前回から、アフィリエイトを始めてみました。日本にいたとき、実際に試したり購入したりして “これは良いぞ‼” と感じた物だけを紹介していく予定です。特に、私と同じく体に障害が有る方や、ご高齢の方、そうでない方々に喜んで頂ける物を中心に、と考えています。コーヒーは、、私が好きなもので。

最後に、私の日々のエクササイズ様子です。乗っているのはペダルを足で漕いで進む “COGY(コーギー)” という名の “足漕ぎ車椅子” です。 片麻痺で麻痺側の腕の能力が足りず、電動車椅子でしか単独移動出来ない人や、下半身の障害で歩行が困難な人向けのリハビリの一環として、またエクササイズの手段として、加えて私の場合は純粋に移動の手段としても活躍してます。 タイの農道を毎日4~5km走ってます。歩くような速度で。この COGY についてはまた改めて発信します。

またお会いしましょう。今日はこの辺で失礼しまーす。

右麻痺ノエル でした。

[本ページにはプロモーションが含まれています]




コメント

タイトルとURLをコピーしました