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転院後リハビリ その8

こんにちは! サバイディー ビー マイ‼(タイ語で、新年おめでとうございます。謹賀新年。賀正。Happy New Year!! の挨拶) という事で4月13日からタイ正月で毎日朝からお祝いです。

 皆さん、元気でしたか? こちら月曜夕方から、村のパブリックスペースでディナー&カラオケダンスパーティー。これが村一番のイベントで、村の寺から仏教僧侶に4~5人来場頂いて、有難いお経をあげてもらいます。今年の豊作と村民の健勝を祈ってるのだろうと想像してます。14日は、朝からお隣さん(バンコクから里帰り中)やご近所親戚の人達と酒盛り。水曜日も朝から乾杯して近隣の親戚(現在の妻の)を一軒一軒訪問してそこでもビールで祝杯。肝臓君には先週休んでもらい備えましたが、そろそろキャパオーバーになりつつあります。タイの田舎の人々は、みんな元気だなあ。と、言う事で、今日は4月17日金曜日。まだお祭り気分は続くけど頑張って行きまーす!

それでは前回に続けて “誰も聞きたくない?ノエル暴走物語自転車編” をお送りします。

危ないから一緒に帰ろうと諭すケンちゃんを先に帰らせて、開通前の道路を自転車で走り始めた私。凸凹もなく圧倒的にスムーズな路面。舗装が終わったばかりの広い綺麗な道を、最高の気分でペダルを漕ぎます。家の周りの未舗装道路と違って、スイスイ進みます。やがて立体交差に差し掛かり、登り坂でペダルが重くなりますが、そこは立漕ぎでグイグイと登ります。てっぺんに差し掛かると道幅いっぱい使ってUターン。少し止まって今登ってきた坂を眺めながら「よっしゃ、思いっきりスピード出すぞ!」と、ペダルを力いっぱい踏み込みました。すぐ下りになり、自転車はあっという間に経験したことのない速度に。

“ビュービュー” と大きな風切り音に頭全体が包まれ、思わず「すっげー!!」と叫んでました。これは、快感以外の何物でもありません。坂を下りきった私は、再びの快感を求めて何度も何度も繰り返し走りました。ほぼ “○○を覚えたサル” と同じです。上半身を前方に伏せると、風の抵抗が低減されていっそう加速することも覚えました。最高や。僕がいっち番速いんや! このとき私の脳内には “ドーパミン” が、ドバドバ放出され、震えながら “恍惚” に浸っていたに違いありません。

こんな感じでスピードの魅力に酔いしれていた私、ふと気が付くと赤い太陽の位置が低くなっているこ事に気が付きました。”そろそろ帰らんとあかんな” と、最後の一回を走り、家路につきました。興奮冷めやらぬ状態で家に着き、門を開けて自転車を押しながら、“明日、幼稚園終わったらまた行こ” と考えながら玄関の引き戸を開けようとしたら、アレ? 鍵が掛かっているではないですか。普通この時間、母が家を空ける事は無いので小さな違和感は感じたけど、興奮した後の “セロトニン” の作用で、穏やか~に幸福感に包まれながら、”きっとおかーちゃんはかいもんにでも行ってるんやろ” とスタンドで止めた自転車に乗りペダルを漕いでいました。

20分程待ったでしょうか、母が険しい顔で帰って来ました。弟の手を引いています。私は自転車から降りて、「おかえり、かいもん?」と、たずねましたが、そんなはず有りません。何故なら、母は、手ぶらでした。私の脳内では、一気にノルアドレナリン が放出され、警戒の度合いが高まります。なんかヤバイ感じ?

母:えらい遅かったなぁ、どこまでいっとったんや?

私:ハハ・・、うんと、えっと、ちょっとその辺まで、、

母:ふーん、誰かと一緒やったんか?ケンちゃんとか? (と尋ねながら玄関の鍵を開け、弟を家に入れました)

私:そうや、さっきまで一緒にあそんどった

と言い終わらんタイミングで母怒りのビンタ一閃!

母:「なに嘘ついてるんや!ケンちゃんとゆかちゃんが来て教えてくれたで!あっこは行ったらあかんゆうてたやろ!忘れたんか! おかーちゃん心配で探しにいっとったんやで‼」→噓をついてはいけません。ケンさんとゆかさんが来てあなたがいけない所へ行ったとチクってくれましたよ。あそこには行ってはいけないと注意しましたよね?忘れてしまったのですか?母は心配で探しに行ったのですよ。

と、稲妻の様に𠮟られました。お気づきの皆さんも多いと思いますが、私がスピードに酔いしれたあの開通前の道路へは、我が家でも立ち入り禁止とされていました。つまり私は、初めから禁を破るつもりで、自転車を走らせ、しかもケンちゃんを道ずれにしようとさえしました。「あんた、ケンちゃん誘うたんやろ?あかんて言われてんのに誘うたんやろ?すぐ行って謝ってきなさい!」これから目にするであろう地獄が怖くて “ごめんなさい” も言えずにいたら、母は、自分だけ玄関に入り、ガラガラピシャリ!と戸を閉めて鍵をかけてしまいました。天国の扉は閉じられてしまったのです。 締め出された私は、仕方なくケンちゃんちにトボトボと歩き出しました。

「ケンちゃーん、ケンちゃーん」、と呼ぶと、玄関からおばさんが出て来て、「あらノエルちゃん、どないしたん?ちょっと待ってや、ケンちゃーん、ノエルちゃんが来てるでー」、と呼びながら中へ戻っていきました。奥からケンちゃんが出て来て、「お、ノエちゃん、おばちゃんに怒られた?あんとき帰りにゆかちゃんにおおてな、それでノエちゃんも誘うて遊ぼ、て言われたから “それはできひん” 言うて話ししたんや。ほったらゆかちゃんが、それはノエちゃんのおかーさんに言うた方がええ、てなったんや」と心配そうに言います。ゆかちゃんさすが女の子。しっかりしてるます。 再びおばさん登場で「ケンちゃんなに話してんの?さっきの事?」「そうや。それでノエちゃんどーしたん?」「ボク、ケンちゃんに謝らなあかんねん。さっきは誘うてごめんな。」

おばちゃん:なんや、それでわざわざ来たんかいな。おかーさんにそないせーて言われたん?

私:うん、わかっとって誘うたんやから謝ってこいて

おばちゃん:わかった。もうかまへんさかいに気にせんとき。ほんで、おかーさん怒ってはるん?

私:うん、頬っぺたビシ!って。うちの鍵締められてもうた。

おばさん笑いながら、「そらえらいこっちゃ、おばちゃん一緒に謝ったげるわ」、と、家まで送ってくれました。ケンちゃんも一緒です。家について玄関の戸を叩き、母が出てくると、私が反省していることは伝わったこと、“締め出しの刑” を免除してやって欲しい事をおばさんが丁寧に母に伝えました。母は、そこまで言ってくれるならと、刑を免除し、ケンちゃんには今日の事のお礼を改めて言ってました。

家に入れてホッとし、いつもより会話の少ない晩御飯を食べ終え、テレビを見ていると父が仕事から帰って来ました。そして恐れていたことが。母が今日の出来事を、私のしでかした過ちを父に報告。家の空間が “地獄第二段階” へと変貌してゆきます。

父:おい、おまえちゃんと反省してるんか? 悪かったと思ってるんやな?

私:うん、悪かった思うてる

父:何が悪かったんや?

私:自転車で行ったらあかん言われてるとこに行った

父:ほんで?

私:え? うんと、、えっと、ケンちゃんも誘うてもうた。

父:おまえ、ホンマに悪かったて思てるんか? 行く前からあかんてわかってたんやろ? それでも行ったちゅうことやな。おまえはやったらあかんと思ててもやってまうんやないか。そやろ?

私:せやからもうせえへんて。

父:アホ!ほんなもん信用できるか! もうええ。明日から自転車禁止や

私:えー!!!!!!!!!!!! おとうちゃん!そんなんあかんて!!絶対いやや‼‼

あれ、なんかめまいがする様な気が・・・これが私の地獄なのでした。バレたらこのような事態になるであろう事は分かっていたのです。

ドーパミンドバドバ悦楽天国からノルアドレナリンがザーザーの地獄へと真っ逆さまです。勿論、この後食い下がりました。もうしません絶対しません本当に悪かったと思ってますだから許してくださいごめんなさい などと連発して何とか禁令を撤回させようとしましたがダメでした。

この日のこの後の事は覚えていません。次の日の朝食が喉を通らなかった事は覚えています。幼稚園を休む、と言ったけど母が許さず家から引きずり出されて連れていかれました。生まれてこの方最悪の精神状態でした。父からの “無期免停処分” が解除されたのは、小学校の入学式の日でしたでした。一ヶ月以上の免停期間だったのを今でも覚えています。入学式当日、家へ帰るなり昼食も食べずに自転車に飛び乗って、またまた “糸の切れた凧” と化した私。その日夕暮れ前まで、空腹も忘れて近所中を走り回りました。懲りない奴ですねー。

はたして、ノエルは自分の何が悪かったのか理解していたのでしょうか?反省していたのでしょうか?  皆さんは、どう思われますか?

特番”ノエル幼少期自転車編” はこれにて終了します。「くだらん回想録やっと終わったか」と多くの方に思われているのはちゃんと理解してますって。次からリハビリ中心の真面目な内容に戻しますからもう少しの我慢です。 

これ書いてる最中にも朝から酒飲み挨拶訪問が有り、作業が途切れ途切れに。正午過ぎにも来客が。あまりお腹が空いてなかったけど、20年以上前からの知り合いなので、当然 “命の水” で、“チョンケオー!!” とグラスを差し出されれば “モッケオー!!” とグラスを合わせてお互い一気飲み、がこの辺のしきたりです。ちなみにバンコクしか知らない人にはこれ通じません。方言での乾杯の挨拶です。このお客さん、素敵な “おばちゃま” で日本語ペラペラ。ご主人は日本人だったのですが、病に倒れて治療に専念すべく帰国。そのまんま帰らぬ人となられたのでした。 で “命の水” 3缶。酔っぱらう前に失礼して席を立ちました。午前中に2缶給油しておいたので中間発表としては5缶の “命の水” と言う事です。勿論、レギュラーサイズです。夜の事も考慮しないと肝臓様がお怒りになられます。もう年ですから。

それでは、カフェイン添加してアルコールと中和させます・・・

自転車乗るなら、もしもに備えて、

次の配信まで、暫しのおわかれです。

※これまでの配信内容は、人名以外はノンフィクションです。

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